大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和30年(ネ)168号 判決

控訴人(原告) 田中義一

被控訴人(被告) 広島郵政局長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人が控訴人に対し昭和二十九年二月二十日附でなした停職五日の懲戒処分を取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は被控訴代理人において本件処分事由になつた控訴人及び訴外大藤小一の行為並に郵便外務員等の不用品処分された往復はがきの配布行為が控訴人主張の如き経緯による組合活動の一環としてなされたことは認める。本件懲戒処分説明書記載の処分事由は控訴人が広島駅前郵便局勤務中昭和二十八年十一月二十四日自己が同局員である地位をらん用して郵業局第三三六号(昭和二十七年四月十一日)通達により不用品として往信部と返信部を切り離し消印の処理をされた往復はがきをほしいままに使用して、これを正規の手続によらないで郵便により少くとも四十枚以上を配達するに至らしめたものである。被控訴人の主張する処分事由は要するに(イ)郵業局第三三六号通達により不用品処理された往復はがきを右通達に違反して使用した点と(ロ)郵便料金を支払わないで右往復はがきを郵便物として発送した点であつて(イ)は国家公務員法第九十八条第一項後段の上司の命令に従う義務違反であり(ロ)は郵便法違反行為であり右は国家公務員法第九十九条の信用を失墜する行為にあたるのである。従前の法令に従う義務違反及び職務に専念する義務違反の主張は撤回すると述べ控訴代理人において被控訴人主張の処分説明書記載の如き事由により控訴人が本件懲戒処分を受けたことは認める。被控訴人主張の処分事由中(イ)については不用品処理された往復はがきを使用した事実は認めるが不用品であるため通達の指示する目的以外個人のメモその他に使用しているのが常態であるから組合活動として使用配布したからといつて違法にはならない。(ロ)については組合活動としてビラの配布を所属組合員である集配人に依頼し同人等もその意図で配布したもので郵便利用関係に入つたものでないから郵便物の配達にはならない尚本件ビラ配布行為が適法行為である事情として不当労働行為に言及したがこれを独立には主張しないと述べた外は何れも原判決事実摘示と同一なのでここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

控訴人が広島市広島駅前郵便局に勤務する郵政事務官であつて全逓信従業員組合(以下全逓組合と略称する)の広島駅前郵便局支部(以下駅前支部と略称する)の支部長であること、昭和二十八年十一月頃から全逓組合と郵政省との間に公共企業体等仲裁委員会(以下仲裁委員会と略称する)が同年十月二十七日なした同年八月以降の全逓従業員の基本給を月額一万四千二百円に改訂する裁定をめぐつて紛争を続け、遂に全逓組合は休暇戦術を採用することとなり、大衆に右戦術を予告すると共に組合の要求の正当な所以を認識させるため世論喚起運動を展開すべく傘下組合に指令を発した。控訴人は右指令に基き駅前郵便局組合員と協議の上同年十一月二十五日頃当時既に郵便料金改正のため料額印面を通信日附印で消印し、往信部と返信部を切り離し官製はがきの流通力を失い消耗品となつていた四円往復はがきの用紙を利用し、その裏面に「休暇戦術を実施するについての訴え」と題し駅前支部長の肩書ある控訴人名義で「組合はかねてから一万八千円ベースの賃上を要求して来たが仲裁委員会は『予算上からみても二十八年八月より一万四千二百円ベースが妥当である』と裁定したが政府はこれをさえも無視しているので組合はやむなく法律によつて許された斗争をする。そのために十一月二十七日以降郵便事務が遅れるがその責任は政府にある。」旨を印刷し、表面に名宛人の住所氏名を記載した文書(以下本件文書と略称する)数十枚を料金を納付しないで組合員を通じて管内の大口利用者に配布したことところが被控訴人は昭和二十九年二月二十日控訴人の右所為を以て控訴人が駅前局勤務中昭和二十八年十一月二十四日自己が局員である地位をらん用して郵業局第三三六号通達により不用品として往信部と返信部を切り離して消印処理された往復はがきをほしいままに使用して、これを正規の手続によらないで郵便により少くとも四十枚以上を配達するに至らしめたものであるとして控訴人を停職五日の懲戒処分に付したことは何れも当事者間に争がない。

そこで右認定のような控訴人の行為が被控訴人主張の懲戒事由に該当するか否かを次に判断する。

一、被控訴人は先ず控訴人の右行為は郵便料金を支払わないで不用品処理された往復はがきを郵便物として発送した点が郵便法第八十三条、国家公務員法第九十九条に該当するから同法第八十二条の懲戒処分を免れない旨主張するので考えてみるに、前示のように本件文書は郵便料金改正のため料額印面を通信日附で消印し官製はがきの流通力を失い消耗品となつていた四円の往復はがきの往信部と返信部を切り離したものであるが、「郵便往復はがき」の印刷部分は抹消せられず、切手二円の部分が消印されている点を除いては郵便はがきの規格様式に合致しているものであることは控訴人がその表示の住所氏名の宛名人に配布させた物件の写真であることが当事者間に争のない乙第一号証の一、二、乙第二乃至第十一号証、原本の存在並その成立に争のない乙第三十二、三十四号証に徴し明かであるから右は郵便規則第十三条の二に規定する私製はがきと同視すべきものである。而して右文書は郵便法第二十二条第四項所定通り差出人及び受取人の住所氏名及び通信文が記載してあり、後述のように郵便配達組織を通じて通常郵便物と共にこれが配達された以上本件文書は同条所定の第二種郵便物として配達されたものと認めざるを得ない。控訴人はこれをビラとして配布したものと主張するがビラは通常広告札の類を言うので不特定多数人に配布するものであるが、本件文書は特定人宛住所氏名を明記し通信としてその住所に配達されたのであるからビラの配布とは云えない。次に原本の存在並その成立に争のない甲第五号証第八号証、乙第二十、二十一号証第二十五乃至第三十五号証に原審控訴本人尋問の結果を綜合すれば控訴人は本件文書を配布するため昭和二十八年十一月二十四日午後約四十枚に宛名人の住所氏名を記載し翌二十五日午前八時頃これを郵便集配人をして通常の郵便物と一緒に配達させる目的でこれを局内道順組立台の上に置き、集配人等はこれを配達道順に区分した上同日二号便として郵便物を配達した際これを合わせてそれぞれの宛名人に配達した事実が認められる。従つて控訴人が本件文書を道順組立台にこれを配達せしめる目的で置いたことは正規の郵便配達組織を通じて一般郵便物と共にこれを配達させたものと認めるのが相当で、これは控訴人が偶々部内者であるため郵便ポストに入れたり郵便局に差出すことをしないで局内の道順組立台に置いたもので此のとき正規の郵便利用関係に入つたものと認めるのが相当であり、これが宛名人に集配人によつて配達されたのであるから本件文書は郵送に付されたものと謂わざるを得ない。

控訴人は本件文書は組合活動として所属組合員である集配人に依頼して配布したもので郵便利用関係に入つたものでないから郵便物として郵送に付されたものではないと主張するが前記のように郵便物である本件文書を郵便配達組織を通じて他の郵便物と共に配布せしめた以上該行為は客観的に郵便物の配達となるのであつてたとい控訴人が組合員たる集配人に対し業務外の私事と同じく組合の仕事を依頼したものであり、集配人もその意を受けて組合の仕事をする意図のもとに本件文書を配布したとしてもこれらの事情は右文書の配布を郵便物の配達であると判断することの妨げとなるものではない。更に本件文書が前段認定のように第二種郵便物である以上これが郵送に付されれば現金納付又は受取人払等の特別取扱にしない限り五円の郵便切手を貼付すべき義務が発生することは郵便法第二十二条第二項第三十二条、郵便規則第四十二条第一項第六十四条等の規定により明かである。従つて控訴人が現金納付又は受取人払等の特殊取扱をしなかつたこととは弁論の全趣旨によつて明かであるから、控訴人がこれに相当切手を貼付しないで配達させたことは不法に郵便料金を免れたものと謂わねばならない。控訴人は本件文書を正規の郵便はがきとして料金を納付すべきことを全然知らなかつたと弁疏しているが控訴人が本件文書を郵便はがきでないと信じていたとしても右は刑罰法規を知らなかつたというだけであつて叙上認定によつて明かなように事実関係の認識に欠くるところなく犯意を阻却しないこと勿論である。

而して控訴人は広島駅前郵便局に勤務する郵政事務官であるから郵便の業務に従事するものと謂うべく控訴人の前記行為は郵便法第八十三条第二項に該当しその責を免かれ得ない。同じく控訴人は郵政事務官であるから同法第八十三条に該当する非行をなした以上国家公務員法第九十九条に所謂官職の信用を傷つけ延いて同法第八十二条第三号所定の国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合と謂わねばならない。

二、被控訴人は本件文書約百五十枚に使用された用紙は広島郵政局所管部長から各郵便局長宛昭和二十七年四月十一日附郵業局第三三六号「二円通常郵便はがき等の売さばき中止について」と題する通達によつて官製はがきとしての流通力を失い職員の技能検定試験用及び郵便競技用擬信紙として使用する外は他の用途に使用することを禁ぜられた往復はがきであるから控訴人がこれを部外者との通信に使用したことは国家公務員法第九十八条第一項後段所定の上司の命令に従う義務に違反し同法第八十二条第二号にあたると主張するので考えてみるに、前記通達が発せられたことは当事者間に争がなく、右通達は控訴人にとつて上司である職務上の指揮監督者の命令であると解すべきところ控訴人は前示認定のように無効とされた四円往復はがきの往信部と返信部を切り離して右命令の使途に反して部外者との通信に使用したのであるから右は一応郵政事務官としてその職務遂行に際して上司の職務上の命令に忠実に従わなかつたものと謂わなければならないが、飜つて考えてみるに原本の存在並その成立に争のない甲第一、二号証乙第四十三号証、当審証人土井一夫の証言によりその成立が認められる甲第十一号証の一、二、三に原審証人松本真三、田村豊、大藤小一、当審証人土井一夫の各証言、原審並当審控訴本人尋問の結果を綜合すれば本件往復はがきは右通達に基き廃棄処分され消耗品扱とされて他の同様はがきと共に会計課に保管され各課の物品会計主任の請求により交付され右主任は現場の必要に応じてこれを多量に払下げ各課員は右通達指示の用途に使用する外不在による郵便物配達不能の場合不在者に伝言用のメモに使用したり又は自転者補修伝票、レクリエーシヨンの一つである庭球のスコア用、珠算の練習伝票、時には名刺代り、私用のメモ等に迄使用して居り、監督者も消耗品扱であるため右各使用を黙過していた実状にあつたことが認められる。これを本件の場合についてみるに前記のように数十枚に通信文を印刷し少くとも四十枚以上を外部への通信に使用したのであるが右は純然たる私用とは云えない組合活動の為に使用されたもので前記認定の各使用状況と対比しこの程度では国家公務員法第八十二条第二号に該当する行為として処罰する価値あるものとは謂えない従つて此の点に関する被控訴人の主張は失当である。

三、控訴人は仲裁委員会のなした裁定に対しては当事者双方とも最終決定として服従しなければならないが、郵政省はこれに服従しないでおきながら右裁定の実施を要求する控訴人を懲戒に付するのは被控訴人に与えられた懲戒権の濫用であると主張するが、全逓組合が郵政省に対し右裁定の実施を要求するには法律上許容された手段によるべく違法な手段をとることが許されないことは謂うまでもない。従つて前記認定のように控訴人が郵便法違反の行為をなした以上これを懲戒処分に付するも懲戒権の濫用とは謂えない。しかのみならず公共企業体等労働関係法第三十五条但書によると公共企業体等の予算上又は資金上資金の支出が不可能である場合には予算措置がなされる迄裁定によつて定められた資金を支出することはできず、裁定通り直ちに資金を支出しなければならないものでないから被控訴人が即時右裁定に服さない儘控訴人を懲戒に付したことのみを以ては懲戒権の濫用と云うことはできない。

四、然らば控訴人の所為中郵便法違反の点は一に認定したように国家公務員法第九十九条第八十二条第三号に該当するから同条所定の懲戒処分を受けることはやむを得ないことである。しかも控訴人を停職五日の懲戒処分に付したことは前記認定の事実関係の下では被控訴人に懲戒の種類、限度の裁量を誤つた違法があるとは到底認められない。従て本件懲戒処分を違法としてその取消を求める本訴請求は失当である。然らば右と同趣旨にでて控訴人の本訴請求を棄却した原判決はもとより相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用し主文のように判決した。

(裁判官 植山日二 佐伯欽治 松本冬樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例